• Tekemori Hiroomi

ハノイ読書会 『新聞記者』

先日の読書会の課題図書は東京新聞の記者、望月衣塑子の自伝的エッセイ 望月さんは僕と同世代のいわゆるロスジェネといわれている世代

猪突猛進だが慌て者で詰めが甘い、そんなところが応援したくなったりもする

僕の業界でも40過ぎぐらいでは若手といわれたりするが新聞記者の世界でもそうか? 一緒に読んだ僕より上の世代は批判的に見る向きがあったけど新聞記者としてはまだまだこれから!だけどガムシャラにがんばる!!という姿に同世代として勇気づけられる



以下感想文

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 本書は東京・中日新聞の記者である著者により、その半生に沿って新聞記者としての自身の信念と行動が著されている。著者と僕は2歳ちがいで、話の時代背景が理解しやすいためか非常に読みやすく、あっという間に読み終えた。本書を読む以前は、彼女のことをTwitterで知っていた。彼女自身のツイートで情報発信されている菅官房長官会見などのニュースを読んでいたし、また彼女にたいする批判のツイートを目にすることもあった。その時点では僕は彼女が記者会見で猪突猛進していく姿勢にとても共感していた。普通に聞いていれば明らかに何の答えにもなっていないような答弁を繰り返している官房長官について、なぜもっと突っ込まないのかという苛立ちは以前から僕にもあった。でも僕は会見に行けるわけでもないので、官房長官会見は「なんの意味もない場所」として諦めていた。なので彼女の気骨のある行動は非常に好ましく、応援したい対象だった。 

 さて、章ごとに本書の内容を追ってみたい。第1章「記者への憧れ」では生い立ちから記者になるまでが描かれている。第2章「ほとばしる思いをぶつけて」では記者になってから先輩記者たちの薫陶をうけ、真実に迫りスクープをもぎ取ろうと奔走する姿が描かれている。第3章「傍観者でいいのか?」では森友、加計学園の一連の疑惑から官房長官会見に出席しはじめるまでのこと。第4章「自分にできることはなにか」では、森友、加計の一連の問題に加え、元キャスターの山口氏によるレイプ疑惑にも触れている。男性社会の中で、女性として、記者として何ができるかということを問い、問題に挑んでいる。最終章「スクープ主義を超えて」では自社他社問わず、同じ新聞記者や報道陣と協力して真実を明らかにしていくことがスクープよりも大切な目標ではないかと語られている。

 本書を読んでいて驚いたことがふたつあった。一つ目は「空気の読まない」というのがあえて彼女の特徴として挙げられいることである。官房長官記者会見では空気を読んで他のほとんどの記者が質問しないというなら、それは本当に恐ろしいことだ。全体主義的な雰囲気を作ってしまうことも恐ろしいのだが、記者であればそれは自分の職業を真っ向から否定することになるだろう。真実を知ることができない、真実を報道することができない、という方向に自ら進んでいる。これは記者の死を意味するのではないか。一度死んだらそう簡単には生き返れない。空気を読んで記者会見で沈黙を保つ記者たちは何を思ってその場で過ごしているのだろうか。空気を読んでいるのではなく、どちらかといえば「空気に飲まれている」のだと思う。彼女があとがきの最後に紹介しているガンジーの「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。」という言葉にも通じる。

 もう一つ驚いたのは、新聞記者が「スクープ」というものを一番大切に考えているということだ。他社よりも早くというのは週刊誌が目指すことだとばかり思っていた。新聞は日々のニュースをしっかりと伝えることが大事。速さを競うのではなく、ニュースの深さと正確さを競うものであると思っていた。報道業界のことを知らない僕の無知によるものだが、この本の最後の章で「スクープ主義を超えて」のタイトルをみたときには、「あえて超えることを宣言するぐらい当たり前のことなのか、、」と少し暗澹たる気分になった。その反面、「やっぱりそれはおかしいよね」と言っている筆者の言葉を読んで少し安心もした。

 第二章で「バブル崩壊後の就職氷河期に卒業した私たちは、ロストジェネレーション世代と呼ばれる。(中略)権力と対峙した団塊の世代のエネルギッシュさが、バブル世代をへてさらに失われたとよくいわれてきた」と書いている。僕もまさにそのロストジェネレーションと呼ばれる世代だ。でも最近はロストしたのは僕らではなくて、その上のバブルを社会人として過ごしてきた人たちではないかと思う。「空気を読む」というもの高度成長期からバブル崩壊まで、波風を立てずに過ごしていれば比較的安定した暮らしを約束されている人たちが醸成した習慣ではないかと思う。我々の世代はそれを強要されることが多かったが生み出したわけではない。駆け出しのときの彼女の周りには「昭和の時代の古き良き雰囲気をプンプンと漂わせる先輩記者が大勢いた」という。それが彼女の持ち前の気骨や妥協しない精神力を支えたものだったと思う。そして最終的は「スクープ」ということから離れて新しい、または本来のジャーナリズムのあり方に考えが至っているというのは言い過ぎか。彼女の言っていること、やっていることを全面的に支持しているわけではないが、これからも応援したい対象である。

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