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読書会 『原民喜 死と愛と孤独の肖像』梯久美子著



先週末、ハノイで以前にも一度紹介しました読書会に参加しました。

今回の課題図書は梯久美子著の評伝『原民喜 死と愛と孤独の肖像』です。

原民喜は原爆の惨劇を小説にした広島出身の詩人、小説家です。彼の人生が豊富なリサーチと絶妙な構成で描かれています。

ご興味がある方はぜひ!

以下、私の感想文を載せておきます。

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『原民喜 死と愛と孤独の肖像』 梯 久美子著 を読んで

竹森紘臣 2018年11月17日


 この作品は広島出身の詩人、作家である原民喜の生涯について書かれた評伝である。序章、死の章、愛の章、孤独の章の4章から成っている。これは原が死の2年前に発表したエッセイの中の「私の自我像に題する言葉は、/死と愛と孤独/恐らくこの三つの言葉になるだらう」という言葉にもとづいている。「序章」は原民喜が鉄道自殺をした「最後の日」からはじまり、幼少期を綴った「死の章」、大学で上京し最愛の妻と出会い、その妻の死までを綴った「愛の章」、そして最後の「孤独の章」では疎開先の広島での原発被爆、終戦後の東京での生活から原の最後の日までが綴られている。

 原民喜は生涯をとおして自分の身に降りかかる不条理なできごとを文学に定着し続けた作家であると思う。最後に人類にたいする不条理ともいえる原子爆弾を文学にして力尽きた。彼の文学への原動力はいったいなんだったのだろうか。

 「序章」では原が自殺をした当時の状況が説明され、原が残した17通の遺書について語られている。私は原民喜について何も予備知識がないまま読み始めたので「序章」の時点ではその意味がよくわからなかったのだが、以降の3章によって少しずつその意味が理解できるようになる。

 「死の章」では原の生い立ちや家庭環境が詳しく書かれている。「原の幼少期は、はたから見れな決して不幸なものではない。裕福さは言うまでもないし、家庭内に不和のあった形跡もない。」と作者は語っている。経済的な面や家庭的な面からは、その後の自分の外の世界への繋がりをうまく持てない「世界との断裂」的な状況を生み出す要素は確かにあまり感じられない。しかし原は父の死をきっかけに世間との繋がりを希薄にし、その後に姉、そして最愛の妻の死によってさらにその距離を大きくする。また婆虫が登場する『幼年画』や幼い頃の幻想を小説にしたものを集めた『死と夢』という短編集からは、その「死の想念に囚われた幼少期」が如実に感じられる。

 しかし作者が「聖別」と記しているように、亡くなった大切な人たちを自分の文学の中で美しく、神秘的に定着させたことは原にとって大きな救いになっていた。また学校での教師や同級生から「なぶり者にされた」とある、いわゆるイジメも彼の幼少期に大きな影を与えたのではないかと思う。が、そこからの救いもまた文学仲間である熊平と長との出会いであり、ここでも原は文学に救われているのである。このような経験から原はますます文学への思いや信頼を強めていったのではないだろうか。

 幼少期は原にとって辛いものであっただろう。「死の章」を読んでいるとき私はほんとうに気分が重く辛かった。それに比べると「愛の章」はたいへん軽い心持ちで読み進められた。左翼運動に参加して挫折したり、身受けした女性に逃げられたり、といろいろと失敗はしている。しかし、学生時代の原なりの挑戦やコンプレックスの解消などがとても明るい未来に向かっているように感じられた。そして妻、貞恵との生活はまさに「繭のような家」の中で、自分の信じられる文学に大切な存在であった父との思い出を作品の中に定着させるなど最も幸せな創作生活であっただろう。

 しかし、そんな「妻との「夢なやうな暮し」」も貞恵の結核による死によって終わってしまう。結核が発症してから5年あまりの看病も虚しく、結婚生活11年目に亡くなってしまうのである。原にとってはほんとうに不条理なことに感じられただろう。耐え難い孤独感を抱えたまま広島に疎開をしたことであろう。

 そして疎開して数ヶ月後に広島に原子爆弾が投下される。原はそこで生き残り、被爆後の広島の街を歩き瀕死の隣人たちの声を聞き姿をみる。それを被爆メモにとる。「被爆メモには基調低音のように「自分のために生きるな、死んだ人たちの嘆きのためにだけ生きよ」というフレーズが繰り返されている」と作者は書いている。妻の死で自分は死んでいるという原にとって、原爆投下による多くの人間の不条理で凄惨な死が原に生きる理由を与えた。このことはまた逆に原爆投下の不条理さを際立たせる。あれほど繊細で脆い原にこのように決意させるというのは、なにか並大抵な不条理ではないと感じさせる。終戦後、原は被爆メモを元に『原子爆弾』、のちに『夏の花』と改題される小説を完成させる。

 彼の文学への原動力はいったいなんなのだろうか。やはり不条理なのか。『夏の花』を読むと赤く焼けただれた世界が重くのし掛かってくる。その後の晩年の作品である『永遠のみどり』では死を感じさせる部分はあるものの、全体的には少しずつただれた世界を乗り越えはじめ、新しい芽がでてくる情景を感じさせるのに原は自殺してしまう。遠藤周作がいうようにそれは純粋で「きれい」であることは理解できる。しかし『永遠のみどり』で描いた先の明るそうな未来を、またあの「静謐」な文学で描いてほしかったと思い、残念でならない。

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